信託型ストックオプションについて

1. はじめに

 2023年5月29日、国税庁は、スタートアップ企業等を対象とした説明会において、近時導入が広がっている信託型ストックオプションについて、当該ストックオプションの行使時点で給与課税の対象となるとの見解を示しました。また、翌30日には、国税庁のウェブサイトにおいて、Q&Aが公表され、同様の見解が示されています(問3に対する回答参照)。

 今回は、そもそも信託型ストックオプションとはどのような仕組みなのかについて説明するとともに、上記に伴う影響等についても合わせて説明したいと思います。

2. 信託型ストックオプションとは?

 スタートアップ企業においては、必ずしも高額な報酬を役職員に支払うことができないため、それに代わるインセンティブプランとして、役職員に対してストックオプション(新株予約権)を付与することが多いとされています。これにより、将来、自社の企業価値が向上して株価が上昇した場合であっても、発行段階で予め決定された行使価額で株式を取得することができ、その後株式を売却することで、差額分の利益を得ることができます。

 しかしながら、従来型のストックオプションでは、行使価額が基本的にはストックオプション発行時点の株価に連動するため、成長に伴い株価が上昇していくことが一般的なスタートアップ企業においては、入社時期が遅い役職員ほど、キャピタルゲインの額が減ることになり、旨味が少ないことになります。また、発行の段階で、付与の対象者や付与上限額を予め決定しておく必要があり、柔軟性に欠け、使いづらいとの指摘もありました。

 信託型ストックオプションは、これらの欠点を補うために開発されたスキームであり、具体的には、ストックオプションを役職員等に直接割り当てるのではなく、一旦、受託者に対して割り当てることで信託化し、後日、発行会社が、自社に貢献した役職員を信託の受益者に指定することで、信託財産として管理されているストックオプションを当該役職員に付与するという仕組みです。

 報道等によれば、現時点までに、信託型ストックオプションの導入企業は約800社、付与対象者は約5万人にのぼるとされています。

3. 信託型ストックオプションをめぐる課税関係

 信託型ストックオプションをめぐる課税関係については、①形式的には発行会社ではなく信託が役職員にストックオプションを付与していること、及び②信託が有償でストックオプションを取得していることなどの理由から、役職員が当該ストックオプションを行使して発行会社の株式を取得した場合であっても、それによる経済的利益は労務提供の対価に当たらないため、給与課税(最大45%、住民税を含めると最大55%)の対象とはならず、当該株式を売却した際に譲渡益課税(約20%)の対象となるに過ぎないとの見解が主張されてきました。

 しかしながら、上記のとおり、国税庁はかかる見解を否定し、①実質的には、会社が役職員にストックオプションを付与していること、及び②付与に際して役職員に金銭等の負担がないことなどの理由から、上記の経済的利益は労務提供の対価に当たり、給与課税の対象になるとの見解を明示しました。

 したがって、役職員がストックオプションを行使して発行会社の株式を取得した場合、行使時の株価から行使価額及び(信託が支払った)取得価額を差し引いた差額が、給与所得として課税の対象となります。そして、発行会社は、当該給与所得について、源泉所得税を徴収して、納付する必要があります。また、その後、役職員が当該ストックオプションを行使して取得した株式を売却した場合、譲渡益課税の対象にもなります。

 なお、国税庁によれば、上記は従前の見解を変更したものではなく、従来からの見解を明示したものに過ぎないとしています。したがって、既に行使済のストックオプションについても、発行会社は遡及して源泉徴収を行う必要があるとしています。他方、源泉徴収には5年の時効があることや、給与課税は分割納付することもできるなど救済策も合わせて示しています。

4. 税制適格ストックオプション

 一定の要件を満たすストックオプションについては、税制適格ストックオプションとして、行使時の給与所得課税を繰り延べ、株式売却時にのみ課税(譲渡益課税)されることとされています。そして、国税庁は、今回、信託型ストックオプションについても、従来型のストックオプションと同様、これらの要件を満たす限りは、税制適格ストックオプションとして認められることを明らかにしました。

 税制適格ストックオプションとして認められるための主な要件は、①当該ストックオプションの行使期間が、付与決議から2年後の日から10年後の日(発行会社が設立5年未満の株式会社で、非上場であること等の一定の要件を満たす場合には15 年)までの間であること、②権利行使価額の年間合計額が1,200万円を超えないこと、③発行会社と金融商品取引業者等との間の取決めに従い、金融商品取引業者等において、当該ストックオプションの行使により取得した株式の保管の委託がされること、などです。

 したがって、信託型ストックオプションを導入済ではあるものの、まだ役職員等による行使がされていない企業においては、制度変更により、税制適格ストックオプションへの移行を目指すことも検討に値すると言えます。

5. 終わりに

 以上のとおりですので、既に信託型ストックオプションを導入済の企業においては、上記を踏まえて、自社にて必要となる対応等を検討する必要があります。また、今後導入予定の企業においては、上記の点も踏まえた適切な制度設計を行う必要があります。

 当事務所では、必要に応じて税理士等とも協働した上で、スタートアップ企業の皆様に対してストックオプションその他のインセンティブプランの導入に関するアドバイス等を幅広く提供しているほか、それ以外にも各種企業法務に関するアドバイスを提供しております。ご質問やご相談等ございましたら、お気軽にお問い合わせください。

法律事務所かがやき
弁護士 吉田 勇輝